経営者会報 60年12月号

INTERVIEW 若手社長の経営観・人生観
株式会社トータル・サービス社長 山口恭一氏に訊く

プラス発想でなきゃ、進めない

東大をめざすこと3回、願い適わなかった男が、いまハウスクリーニングなるニュービジネスで新たな夢を追う。

——昭和55年にアルバイト学生2人を使ってビルや店舗の掃除を代行するといういまの仕事を始められたわけですね。

いや、掃除の代行じゃないんです。いま対象は、店舗と一般家庭が半々の比率になってきていますが、われわれの仕事は、プロフェッショナルなハウスクリーニングでして、自分たちでできる掃除を代わりにしてあげるというものじゃない。
たとえば、家庭で奥さんが、あるいはご主人が、ソファを洗う、壁をきれいにするといったって、とてもできないでしょ。そのできないことをわれわれは、専

やまぐち きょういち氏
昭和30年福島県生まれ、30歳。宮城県立仙台第一高校卒業。2浪後に大学進学を断念し、レジャー会員権販売会社に就職。55年1月、学生2人をスタッフに店舗の“出張クリーニング業”「山口商会」を設立、57年法人成り。以後一般家庭にも手を広げる。現在、同社は資本金800万円、従業員30名、年商3億5,000万円(60年2月期)。57年からフランチャイズ・システムをとり、現在の加盟店は100店。グループ売上高15億円。

MY CHALLENGE MY LIFE!
社長列伝[山口恭一]

「外に出て働く仕事を選んだ」
これがレジャー会員権の販売である。学歴も職歴も関係なく、実力だけが勝負のセールスマンの世界。入社1年後、その実力が認められ22歳にして課長に昇進する。
この種のセールスマンは使い捨てのようなところがあって、実績があがらなければ落伍していく。山口恭一はそんななかで、もまれながら年収1000万円のトップセールスマンの地位を確立していた。
だが、売り上げ競争に勝ちながらもむなしさが残る。仕事のやりがいが感じられなくて、人生金だけで満足できるというわけのものでもない。山口恭一は入社4年後、脱サラを計るのである。

積み上げたノウハウのうえのチェーン化

「とにかく高田馬場に事務所を開いたのですが金がない。何をするかも決めていなかった。そんなときに汚れ商売がいい、というヒントを得たわけです」
近くの商店に“クリーニングやります”とパンフを配り、セールスする。初めての仕事が飛び込んできて、月賦で買った道具をもっていこうとしたが、クルマの免許をもっていない。アルバイトを雇って、道具運びを頼み急場を切り抜けた。
「失敗もずいぶんしました。でもその経験のうえに立って考えて、仕事を覚えるものなんですね。僕は才能を信じないタイプなんです。要はやること。ここからすべてが始まると思います」
開業当初は、ただチラシを配り注文を受けて、ガムシャラに働くだけだった。しかし仕事が軌道に乗り出して、山口恭一はハウスクリーニングについて本格的に考えるようになる。最初は店のクリーニング主体だったが、一般家庭の需要があることも発見した。
「ライフスタイルが変わって、時間を金で買うようになってきた。1回3万円から家によっては7万円も8万円もかけて、総合的なクリーニングを頼む、という家庭がでてきたんです」
そういうマル金家族のみならず、工夫をすれば事業がどんどん広がることも気がついた。たとえばシステムキッチンを買う。ほとんどの家庭が、表面はともかく、なかを油だらけにしてほうっておく。そこで業者と提携し、3年後にクリーニングサービスをつける、などの工夫だ。
当初、クリーニング機器はアメリカ製の輸入品を使っていた。それを改良して山口恭一は独自のものをつくり出す。ロングポリッシャー、ハンドポリッシャーなどがそれだ。
この新しい機器のさらに有効な利用方法はないか、と考えたうえで、クリーニング需要が全国にあるところから、フランチャイズチェーンシステムを導入することに踏み切った。さらに機器のレンタルも開始した。
「お金もちだけでなく、一般家庭でもカーペットの掃除などに利用してもらおう、というものです。機械をレンタルすると同時に使い方も教える。これが好評なんです」
ハウスクリーニングではハード部分、つまり機器の比率が2割、どうやって掃除するかのソフトが8割だという。開業して間もなく、ポリッシャーで窓ガラスを割ってしまったり、カーペットが縮んでしまったりと失敗を重ねた。そのうえで編み出したクリーニングのノウハウが、山口恭一の事業を支えてきた。つまり、確とした事業主体があって、そのうえに立って、最初に指摘したトータル・サービスの全国チェーン化、情報組織化を図ろうというのである。
「若さに自信がありますから、とにかくプラス発想でやっていきますよ」
いま、山口恭一は着実に増えてきている人脈も財産だという。若さと、先を読む目と財産と——トータル・サービスがどう動いていくか、注目しなければなるまい。
(文中敬称略)

逃げじゃない、プラス発想で生きる山口恭一社長

山口恭一 30歳
厳しさの自覚

「仕事をしていて、いいわけが先にくるような人はダメだと思うんです」
世の中、結果でしか評価されない。“自分なりに最善を尽くしました”では通らないと山口恭一はいう。1日に100件、セールスで回ったといったってなんの意味もない。どれだけ売り上げたか、が問題で、100件のセールスはその手段なのだ。
「そういう厳しさを自覚して、始めて脱サラも可能になります。いやだから逃げるのではなく、つねにチャレンジする。これが大切でしょう」
脱サラで成功した若いリーダーの見識というべきだろう。