記事に見るトータルサービス 社長取材

1984年(昭和59年)3月9日(金曜日)
毎日新聞

これがベンチャーだ トータル・サービス
だまされた経験をバネに

トータル・サービス社長の山口恭一は会社を始めて4年を過ぎたいま、「あの時は本当にくやしかった」と述懐する。あの時とは、ハウスクリーニング業を始めた55年1月のことである。商売を始めるにあたって山口恭一はじゅうたん用クリーニング機や看板、シャッター洗浄機などを買いそろえた。多くは輸入品であった。ところが、これらの機械の多くが、数回使っただけで壊れてしまったのである。よく調べたところ、米国で家庭用として使われているのを業務用として売りつけられていたことがわかった。
これではいかんと、機械メーカーにかけ合って各種の掃除用機械の開発を依頼した。使いやすさが第1という山口恭一の発想から、いろいろ注文をもつけたが、でき上がった機械は申し分のないものであった。山口恭一がヒット作として自慢するのはテントや看板など、高いところのクリーニングが容易にできる柄の長い「ロングポリシャー」とソファクリーニング用の「ハンドポリシャー」である。
ひどい機械を売りつけられた苦い経験から、山口恭一は「せっかく、いい機械ができたのだから、機械の販売も手がけていこう」と決心した。ハウスクリーニングのノーハウも教える、フランチャイズ方式で機械や洗剤の販売を行うことにし、57年5月、代理店の募集を開始した。
トータル・サービスのフランチャイズシステムは、ロイヤリティーは取らない。開業したいという人への講習は無料である。これが受けて今では、同社の傘下の代理店は全国に合わせて70店ある。さらに山口恭一は30歳になる2年後には300店を達成すると強気である。
代理店が増えるとともに、トータル・サービスの売り上げの中でも機械や洗剤などの販売分が増え、59年2月期には4億9000万円の売り上げ見込みに対して、これら代理店部門は4分の3ぐらいになるという。

山口恭一がヒット作と自慢しているソファクリーニング用の「ハンドポリシャー」

ここに注目!!
「だまされた経験をバネに」業務用掃除機の開発にも着手。用途に応じた機械と、ハウスクリーニングのノウハウをFC形式で展開。

毎日新聞
1984年(昭和59年)3月10日(土曜日)

これがベンチャーだ トータル・サービス
商売のタネ、どん欲に

トータル・サービス社長、山口恭一は室内外の出張クリーニング業をやりながら、商売になりそうなものはどん欲に次の商売のタネにしていった。山口恭一がまず手がけたのは害虫消毒、ネズミ駆除である。55年1月、東京新宿区高田馬場で仕事を始めた当時のお客さんには飲食業が多かった。これらの店は大なり小なり、ゴキブリやネズミに悩まされている。店に出入りしているうちに、害虫消毒もやればもうかると思い、3カ月後に始めた。ハウスクリーニングの仕事をもらったら害虫消毒はサービスでやるという山口恭一の商法は大当たり。
またユニホーム販売は、「せっかく企業のオフィスやレストランなどに出入りしているのだから、掃除以外にも何か商売を」と考える中から生まれた。在庫は持たず、カタログによる販売で、一般業者より安く売った。これも順調で、最近では年間1300万円の売り上げになった。
山口恭一はハウスクリーニングを中心に各種の商品を売っていくこの商法に自信を持っている。ハウスクリーニングは確実に伸びるとの手ごたえがあるからだ。同社の調査によると、今や、1枚でもじゅうたんを持っている家庭は98%にも達する。一方、じゅうたんのクリーニングとなると、1回したか、しないかが6割を占めている。しかも、6割の人が理想的なじゅうたんクリーニング回数は2-4回と答えていることから見て、大きく需要は伸びる。
最近、クリーニング業の大手「白洋舍」やスーパーの「ダイエー」がハウスクリーニングに進出したが、山口恭一は、これがハウスクリーニングが一般に知られる機会になり、一般家庭からの引き合いも増えるのではないかと期待している。
これまで、あまりコマーシャルには力を入れなかった山口恭一だが、4月からは俳優の石立鉄男を使ったテレビコマーシャルを流す予定である。

ここに注目!!
ハウスクリーニングを中心として、「商売のタネをどん欲に」追求。害虫消毒・ネズミ駆除、カタログによるユニホーム販売と次々に商品化。