昭和59年(1984年)2月11日 スポーツニッポン

ザ・集団

どんな不況でも人様のいやがる仕事を積極的にやる限り成功間違いなし! これを実践しているのが27歳のフレッシュ社長と14人の若手社員でもり立てている掃除引受業「(株)トータル・サービス」(東京・西新宿)名刺も持たずに飛び込みセールスすることから始まり、わずか4年で年商5億円企業へ。そのサクセスポイントは“よく働きよく飲むこと”だそうな——。

4年で年商5億円

掃除します
(株)トータル・サービス
社長27歳、社員14人

商店、ラブホテル

副都心・西新宿の超高層ビル群を目の前にした高級マンション6階の一隅がこの会社の本拠地。電話で客から注文を受けると、玄関わきでスタンバイ中の社名入りワゴン車が出動となる。
掃除仕事のメニュー表を見ると、対象は一般家屋から喫茶店、商店、スナック、ナイトクラブ、ラブホテルほかサービス業などの店舗。作業員3人で3時間半フルに動いて1回5万円。2人で6時間半なら6万2000円。サラリーマン家庭では気軽に呼べないような料金だが、窓ガラス、サッシ、網戸、照明器具を含めたセットや掃除に手をやく換気扇など別建て料金でも応じる仕組みだ。

特製掃除機使って

このようなハウスクリーニング業はほかにもあるが、長続きせずに姿を消す例が多い。
手作業で窓をふいたり、カーペットを洗濯するにしても効率が悪く、作業員の人件費ばかりに追われなかなかうまみのある商売へとつながらないからだ。
この会社では、社長のアイデアで国産、輸入(米国製)もののほかに特別設計で作らせた自動掃除機など十数点のセットをそろえ機動力を発揮させたところに成功の要因がある。どんなに汚い床やカーペット、手のとどかない天井や壁、狭いスキ間の奥であっても、これら新兵器と特殊洗剤を使えばたちどころにきれいに仕上げてしまう。
半信半疑で依頼したお客も、手際のいい仕事ぶりとそのできばえに感嘆し、以来常連客となる例も少なくない。
だが年商の半分以上は、この掃除機セット(約230万円)の売り上げである。セットを買い求めて周辺の顧客の家や店のクリーニングを商売とする各地のフランチャイズ(代理店)が、最近、急増し年商を押し上げている。

作業員&セールス

「本来、ハウスクリーニング業は地域に密着していなければならない仕事。“手に負えないお掃除がありましたらいつでも連絡を……”と近くのクリーニング屋さんや工務店などにチラシかポスターを貼り、取り次ぎを仲介してもらって、仕事を広げていく代理店が多いんです。作業もコツと慣れで手早くやれるのが強み」代表取締役社長の山口恭一さんのアイデア商法は順風満帆だ。
平均年齢26歳の社員たちはそれぞれ掃除作業のほかにセールスや代理店希望者へのマンツーマン指導の三役を兼任しているから、臨機応変に背広と作業着を着替えながらフル回転する忙しさ。
山口恭一社長がこの仕事を思いついたのは郷里(福島・会津若松市)の高校の先輩から「よごれる仕事はどんな世の中でもつぶれない」と聞かされたのがきっかけ。高校卒業後、国立大をめざして上京、2浪して受験を断念し、あるレジャー会員販売会社へ入社。セールス部門で群を抜く成績を挙げ年収1000万円のトップビジネスマンにまでなったのだが、自分で事業をしたいの一念であっさり退社した。はじめは商店を自ら訪ね歩き、看板やシャッターのそうじを。徐々に社員も増えて現在の14人の社員の中にはセールスマン時代の部下で、山口恭一社長の気迫にほれこんでついてきたという菅谷弘道さん(26)=営業部長=や、ナイトクラブのバンドマンだった新谷英行さん(33)=営業部係長=の例もある。しかし大半は自分の能力をフルに使って仕事を……と会社をやめてきた人たちだ。

週1会社持ち宴席

この会社では仕事以外のつきあいを大切に……と週1回、会社のまるがかえで全員が新宿・歌舞伎町かいわいで飲み会を開いている。少し変わっているのは上司が事前に部下の1人々々を呼び、それぞれ宴席での発言内容を指示する。結果は「明日の仕事への活力、意欲として具体的につながっていく」(菅谷部長)仕掛けだ。
少数精鋭の社員で企業を拡大していくコツについて、山口恭一社長は「社員が一生懸命仕事をして結果が悪いのは上司の責任。そして部下の努力には報いてやること」と胸を張った。

どんな汚れでも引き受けます……(株)トータル・サービスは社員14人で年商5億円企業に。