昭和60年5月23日 夕刊フジ

ニュービジネス人名録

石堂 徹生

《会社メモ》
昭和55年、バイト学生2人をスタッフに山口商会を発足。同56年にトータル・サービスと名称変更。本業の出張クリーニングのほか、防カビ・室内外改装工事、芳香剤リース業に、業務用クリーナーの販売など手広くカバー。資本金800万円。年商5億円。従業員15人。本社・東京都新宿区西新宿3ノ3ノ23。

そうじ代行業”の全国制覇夢見る
東大受験の敗北から10年…年収1000万

弱冠29歳

大学受験には失敗したけれど、学歴が何だ、エリートが何だ…。胸に一物、手にモップ。チリやあくた相手の“そうじ代行業”に身を挺し、いま全国にフランチャイズ・チェーン90店を組織する。業界最大手のトータル・サービス社長、山口恭一。弱冠29歳だ。
諸事万端、手抜きの時代には人の嫌がる“汚れ役”の商売がウケるのか、窓ガラスからシャッター、シャンデリアなど、何でもそうじしてしまう便利さから、売り上げは倍々ゲームの景気よさ。
「始めた頃は、客から“汚れが落ちなかったら、カネ払わんよ”と、よくいわれたものです」
高校の先輩から“汚れる商売はすたれない”と聞かされたのが、この道に入るきっかけだ。
だが、この仕事、労働集約的で人件費がかさむので、消えていく同業者も多い。それを山口恭一は「単なる便利屋稼業ではダメ」と、そうじ作業の機械化、システム化で乗り切ってきた。
一方、ロイヤリティー(経営指導料)不要、売り上げの最低保証という独特のシステムで、チェーン展開もする。さらに家庭向けのジュウタン・クリーニング機のレンタルまで手がけるなど、事業の夢は広がるばかり。
「ゆくゆくは単なるハウスクリーニングから“顧客管理業”として発展させたいんです。この商売、客の家の中に入って、さまざまな顧客データを収集できますからね」
クリーニングに出向いた時、間取りや家具など財産状態から、主婦の人柄や家族の状況まで貴重な情報が手に入る。それを今度は物品販売などに利用するというもくろみだ。他人のプライバシー・データを商売にというあたり、抜け目がなく、いささか行儀が悪いけれど、ご当人、童顔の頬を紅潮させて得意満面の様子。そうじの世界のニュービジネスに生きる青年実業家、ここにありだ。
しかし10年前は、ちょっと様相が違った。宮城・仙台の名門校を出て東大を受験、2浪までするが狭き門は閉ざされたまま。一転してレジャー会員権の会社のセールスマンになるや、たちまち才覚をあらわし、入社2年目には年収1000万円、部下10数人を使う課長に。21歳の若さだった。
「思春期の迷い、エリートへの志向をふっ切って、がむしゃらにやってきた。その雑念のない単純さがよかったんでしょうね」
その4年後“虚業から実業へ”の思いを込めて独立した。
受験戦線の敗北者は、ホンバン人生で甦ったのである。

トータル・サービス
山口 恭一社長

経歴 昭和30年7月30日、福島県福島市生まれ、29歳。宮城県立仙台第一高校卒。身長168センチ、体重58.5キロ、血液型A型。
年収 1000万円。小遣いは月に10万円。「飲んで食べて終わり」。
所持品 クレジット・カード4枚。手帳、アドレス帳、名刺入れ、ルイビトンの財布(30万円入り)、時計(カルチェ。45万円で購入)
社長になってよかったと思うとき 「他人に紹介されるときです。小さい会社でも社長は社長ですからね」
経営方針 経過は大事だが、結果がすべてだ。
部下とのコミュニケーション 2カ月に1回、費用会社持ちで社員全員で飲む。
酒 1回の酒量は多くないが、週に5日は飲む。酒はなんでも。
ひいきの店 東京・新宿歌舞伎町「車屋」、同六本木「瀬里奈」。
カラオケ チェッカーズから村田英雄までこなす。
好きな女優 夏目雅子。
プロ野球 巨人ファン。
最近読んだ本 篠野中道著『チェスコム電話革命の着想』(ダイヤモンド社)。この1冊をあげれば司馬遼太郎の『関ヶ原』。